1778_ミャンマーの知り合いの結婚式に参加して思ったこと

たくましい

先日、教会で結婚式がありました。結婚した方は3年前から技能実習生として日本に来ているミャンマーの方です。この度、5年ほどの遠距離恋愛を経てミャンマーから彼氏を日本に招き結婚するに至りました。

彼女を見ていて思うことがあります。それは、「たくましい」ということです。彼女は技能実習生という決して強くない立場でありながら、会社の本部の人事部に直談判して彼氏を雇ってほしいと懇願したようです。

厚かましくも見える

会社も彼女の懇願に根負けしてか、彼氏も技能実習生として雇用することになったのです。はたから見たら厚かましくも見えます。ある人はもしかしたらそれは技能実習生の立場を超えていると思われるかもしれません。

しかし、驚くべきことに先日の結婚式では彼女の会社の上司や先輩、同僚などが30名近く参加していました。彼女はただたんに厚かましいだけではなくて、信頼を勝ち取るための努力や人間関係を築いていたのでした。また、それだけではありません。彼女は次はミャンマーに残された弟も雇ってもらうようにお願いをしています。

生死がかかっている

彼女のその行動を見て僕はイエス様のこの話を思い出しました。

ルカによる福音書 18:3-5
ところが、その同じ町にひとりのやもめがいて、彼のもとにたびたびきて、『どうぞ、わたしを訴える者をさばいて、わたしを守ってください』と願いつづけた。
彼はしばらくの間きき入れないでいたが、そののち、心のうちで考えた、『わたしは神をも恐れず、人を人とも思わないが、
このやもめがわたしに面倒をかけるから、彼女のためになる裁判をしてやろう。そうしたら、絶えずやってきてわたしを悩ますことがなくなるだろう』」。

彼女がここまでするのには理由があります。それはミャンマーが今もなお、内戦状態にあるので家族や大切な人を守るためにそのようにしているのです。つまり、ただ単にお金が稼げるからとか、日本での生活がいいからというのではなくて、生死がかかっているので、彼女は必死に動いているのです。

神に対するしつこさ

その必死さが本部の人事の心を動かしたのです。聖書は神に対するしつこさ、厚かましさを否定していません。もちろん、神様のところに来る時に、イエス様の十字架の血潮が必要だという前提条件はありますが、主は必死で求めるものをそのまま空手で帰らすことはなさらないということだと思います。

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