1770_メモリ領域で罪を犯すこととディスク領域で罪を犯すこと

家庭不適合者

僕は社会不適合者であり、家庭不適合者であることを自覚しています。そう思うのは自分の心の中の変化を嫌というほど見ておいるからです。だからこそイエス様が必要だと思っています。

しかし、教会や職場においてはそういったことは表れないようになっています。それは自分がオンの状態になっておりガチっと自分を固めているので不適合要素が表に現れにくくなっているからです。問題は自分の気が抜けた時、オフになった時です。

口に出していたら最悪の一日

先日も朝から嫁さんにイラっとすることがありました。僕は思わずそれを口に出して言おうと思いましたが自制心が働きました。これは完全にイエス様のおかげです。もし、あの時にそれを口に出していたら最悪の一日を過ごしていただろうと思います。

車の運転をしている時もイラっとすることがあります。つい「なんやねん!こいつ!あぶないな!」とか、そうった言葉が口から出そうになるのです。こういった言葉は絶対に口から出すべきではありません。

聞いている人がいる

その理由にはいくつかあります。一つは聞いている人がいるからです。もし僕が車の中で感情的になって「なんやねん!こいつ!あぶないな!」とか言っていたら、子どもは間違いなくその影響を受けるでしょう。

口が悪くなるかもしれません。しかし、もっと怖いのは、そうやって負の感情を当たり前のように反応的に表に出してもいいものなんだと学習してしまうことです。だから気をつけたいと思います。

脳内のディスク

二つ目は口に出した時点でそれが脳内のディスクに書き出されて残ってしまうからです。思ったことはまだメモリに想起されただけです。いずれは揮発するのです。しかし、それを言ったり書いたりしたら脳内のハードディスクに書き込まれてなかなか消せなくなるののです。

アラブにはこのような格言があります。それは帰ってこない4つのものです。

  1. 口から出た言葉(一度言うと取り消せない)
  2. 過ぎ去った時間(二度と戻らない)
  3. 放たれた矢(的から戻ることはない)
  4. 逃した機会(チャンスは二度と巡ってこない)

聖霊が助けてくれる

このように一番初めにあるように口から出た言葉は愚痴であれ何であれ絶対に戻すことはできません。たとえ、そこに聞いている人がいなかったとしても言った瞬間から決して戻すことはできないのです。

クリスチャンが幸いなのは、聖霊が助けてくれるのでメモリ領域で罪を犯したとしても、それを自覚させ悔い改めに導いてくれることです。もしそれがなければ、ディスク領域での罪を犯すことになってしまいます。そうなると厄介です。だから聖霊の導きと諭しに感謝しています。

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