1807_教会に甘えていた僕 | なぁなぁと高ぶりを手放すまで
人は時に揺れるもの 僕はいくつかの個人的な理由によりペンテコステ派である母教会から福音派の教会に行くようになりました。そこにネガティブな理由は少しもありません。僕は今もなお母教会を自分の本当の家族のように愛していますし、…
キリスト教信仰
人は時に揺れるもの 僕はいくつかの個人的な理由によりペンテコステ派である母教会から福音派の教会に行くようになりました。そこにネガティブな理由は少しもありません。僕は今もなお母教会を自分の本当の家族のように愛していますし、…
キリスト教信仰
「考える」ことが少なくなった AI利用の弊害として本当に「考える」ことが少なくなったと感じています。以前は答えがほしければGoogle検索でしたが、今はチャットエリアを開いて瞬時に答えを得ることができます。僕は正直に答え…
生き方
2028年末までに サムアルトマンが先日このように言ったようです。 2028年末までにAIが人類の知的能力を上回る超知能に到達する。 引用元:news.yahoo.co.jp つい数年前だったら「あり得ないだろう」と思え…
キリスト教信仰
なぜ異言の祈りは直通なのか 以前僕は異言の祈りは神様直通の祈りだと書いたことがあります。下記記事で書いたようにほとんど0秒でイエス様とつながれるのが異言の祈りだと思っています。そしてそれ日常生活のあらゆるところで体験して…
キリスト教信仰
忠実に再現した贋作 先日嫁さんとこんな話をしていました。僕が「有名人のサインってもらって何が嬉しいんかな」というと、嫁さんは「嬉しい」と答えます。僕は嫁さんに僕が高校生の頃、有名なプロレスラーのサインを忠実に再現した贋作…
キリスト教信仰
外見は40歳、中身は2歳児 今日で40歳になってしまいました。僕は39歳最後の日をすっかり忘れていたので最後の30代をかみしめる間もなく40歳になってしまいました。10年前、30歳になった時は30代であることが苦痛で嫌で…
キリスト教信仰
自分が戒められる 最近、デボーションの中で教えられていることがあります。それは、自分が戒められるべきことを聖霊によって示されて、それを言語化し祈りの中で助けを求めることこそが、聖められてく過程であるということです。 僕は…
キリスト教信仰
不信仰な内容 先日は極めて不信仰な内容を書いてしまいました。それは礼拝に関する奉仕は肉体が疲れていても霊は恵まれるが会議や事務的な奉仕は霊が恵まれないと書いたからです。その際に、これは僕の信仰の態度が問題であるということ…
キリスト教信仰
肉が葛藤 クリスチャン生活を送っていて思うことがあります。それは当たり前のことですが、宣言するのは簡単ですが行うのは難しいということです。何にもない時に日々の祈りや賛美の中で「あなたにすべてをお捧げします」と心を込めて宣…
キリスト教信仰
狭い門 昨日は律法主義から解放されたことを前提として、恵みに留まり続けるためにはあらゆる努力をするということを書きました。なぜ、そこまで鼻息荒くこういったことを書くのでしょうか。それは恵みに与ることは簡単ですが、留まり続…
キリスト教信仰
クリスチャンを悩ませるもの キリストの恵みと律法主義はいつでもクリスチャンを悩ませるものです。それは間違って恵みを理解すると「神様は愛だし、究極、何でも許してくれるじゃん」と神様の恵みを逆手にとるようになるからです。かと…
キリスト教信仰
あっさり斬首刑 昨日に続き、バプテスマのヨハネの不可解な点の二つ目に続けます。それは、彼が獄中であっさり斬首刑で殺されてしまう点です。イエス様はバプテスマのヨハネを「女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は…
キリスト教信仰
非常に特別な人物 新約聖書を見ると、バプテスマのヨハネは非常に特別な人物であることがわかります。まず彼がイザヤ書で出現が預言されていた人物であるということです。バプテスマのヨハネこそが荒野で呼ばわる者の声でした。また旧約…
キリスト教信仰
一つを選択したら一つは捨てる 僕はこれまで神様が良かれと思ってしてくださっていたことを良かれと思っていないことがありました。たとえば、時間は不可逆的なもので一つを選択したら一つは捨てなければなりません。具体例をあげます。…
キリスト教信仰
主の御心を教えてください クリスチャン生活を送る中で困難だと感じていることがあります。それは、いかにして自分を聖書の言葉に従わせるか?とうことです。言い換えれば、いかにして神様の御心に自分を従わせるか?神様の導きに従わせ…
キリスト教信仰
「やる気」というものに欠如 僕は「主が僕の中にいてくださっている」と強く感じることがよくあります。たとえば、僕は粗野で不機嫌で性格が悪いですが、人に対して寛容を示したり優しい言葉や行動をすることが出来た時に、主がしてくだ…
キリスト教信仰
御言の宣言の力 最近、御言の宣言の力を体験しています。自分自身、環境、状況に変化があったことが何度かありました。これまではそんなことあり得なかったのにと思いめぐらせていると、いつかのデボーションのノートにそのことが書かれ…
キリスト教信仰
初めの愛から離れてしまった 今年に入ってから主との関係が急速に回復してきているように思います。これまでもずっと回復を目指して歩んできましたが、数年単位で時間がかかっていました。僕が回復されなければいけないと思っている理由…
キリスト教信仰
目的と手段を切り分ける 今年は、目的と手段を切り分けることの重要性をより一層実感しています。なぜなら、これまで僕はどちらかと言えば手段を目的にしていたからです。例えば、今僕が筋トレをするのは「健康」のためです。しかし、以…
キリスト教信仰
もっとこうしたほうがいい 僕は時々、嫁さんに「もっとこうしたほうがいい」と思ってしまうことがあります。しかし、それを口に出して言うことはしません。なぜなら、それは僕の肉の思いだと知っているからです。それを言ったりするのは…