1749_家にテレビを置かない選択が生む効果 | 代替環境で育つ集中力

別のオプション

先日、久しぶりに会った友人がこのようなことを言っていました。その友人は6人家族で4人のこどもがいます。

「うちにはテレビはおいていない。テレビは思考が停止するから。その代わりにまるまる一部屋を図書館にして絵もいつでも描けるようにしている。またもう一部屋あり、そこはピアノとギターがおいてあって、いつでも楽器を弾けるようにしてあげている。」

僕はこれを聞いて、その徹底ぶりに脱帽してしまいました。テレビを見せないかわりに別の想像力を育てるオプションが充実していたからです。僕はこの家庭のこどもは大物になるだろうなと思いました。

思考は停止するか

僕はこどもにYoutubeこそ見せないですが、NHKの教育番組などのテレビは見せています。確かに思考停止するほどだらだら見てしまう可能性はあります。しかし、時間を決めて見せるなら、歌ったり踊ったりと積極的に学習できるツールでもあると考えています。

今はまだこどもが小さいのでいいですが、やがて自分の意志でチャンネルを変えて何の益にもならない番組を見始める可能性は排除できません。そうなった時に僕の友人の言っているとおり、思考停止モードになるかもしれないとは思っています。

友人同士の会話

このようなテーマになった時にある人は言うかもしれません。「見せないとこどもが友達同士の会話についていけなくなる。」

それは事実だと思います。会話についていけないこどもにとったらつらいと感じることがあるかもしれません。しかし、その子の人生というもっと大きな尺度で見れば、そのデメリットよりもメリットのほうが大きいと考えます。

メリットのほうが大きい

なぜなら、それは僕自身そのような経験をしたことがあるからです。日曜日は必ず教会に行きます。日曜日の朝に見たいテレビ、友達の遊びの誘いなどを選択できないことは当時確かにつらいことでした。また見れるテレビも限られており、友達同士の話についていけないこともありました。

しかし、今となっては、そのように教育してくれた両親に感謝しかありません。今でも大した自制心はありませんが、それでもそのような教育があったからこそ、わずかながらの自制心を働かせたり、意志の力や決定をすることができると考えるからです。

コンテンツの断捨離

大人になった僕はテレビはNHKのドキュメンタリー番組しか見ていませんでした。しかし、ドキュメンタリーすらすべてが1時間視聴する価値のあるものだというわけではないことに最近気づきました。非常に有益で目が開かれるドキュメンタリー番組もありますが、1時間見た後に別に見る必要なかった。1時間無駄にしてしまった。と思うものもあります。

そのため、今年一年はこういったことの断捨離も行っていこうと思っています。

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