0642_書き続けることについて

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インプットが先かアウトプットが先か?

毎日書き続けることを習慣にして1年半くらいが経過しました。以前は「続けてはやめる」を繰り返していましたが、試行錯誤する中で、ようやくマラソンのように自分のペースをつかむことができました。

毎日書くことのメリットはあってもデメリットは一切ありません。毎日書かないといけないというストレスもありませんし、「今日は書くことないな~何を書こう?」と悩むこともありません。アウトプットが毎日用意されているからこそ、自動的にインプット(書くこと)が入ってくるのです。

メリット①

最大のメリットは思考が整理されるということです。今自分が何を考えていて、何を大切に思っているのか?また、自分の軸や土台がぶれていないか?などを毎日チェックすることができます。もし、このチェック機関が動いていなければ、日々の引力に引っ張られてあらぬ方向に行ってしまう可能性があります。

そして、頭の中でもやもやに存在しているものを文字に書き出すことによって、すっきりするのです。これは精神衛生上いいと思います。今年一年も仕事やプレイベートでぐっとへこんだりしたことがそれなりにありましたが、へこみ続けるということはありませんでした。書けばあとは上がるだけなのです。

メリット②

次に書くことが習慣になっていると、強制的に、自然的に、日常的に時間があれば、勝手に内省し黙想するようになります。現代は様々なものがAIによって自動化されています。簡易的な業務はロボットがやってくれるし、エアコンの温度も自動で調整してくれるし、自動で天気などを教えてくれます。

これらのメリットはそこに意識をもっていかなくてもいいということです。ようは認知が奪われなくなるのです。パソコンでいうとメモリを食わないので、他のことに集中できるようになります。今日は「静かな時間をとろう!」と意識して時間をとらなくても、無意識のうちに内省や黙想を自動でやってくれるのです。

メリット③

最後は強制的にすべて感謝だという方向に持って行くことができます。ただたんにネガティブな感情を書くだけであればSNSがあれば問題ありません。問題は、ネガティブなことを書くことは、つまり、そのネガティブな感情をさらに強化してしまい、ハードディスクに書き込むように残ってしまうということです。それだとネガティブな状態から抜け出せなくなります。

だから、もし僕自身にネガティブな感情があるならば、各前にまずイエス様のところに行くようにしています。そして、それを許してもらうようにします。そうすれば、イエス様の十字架の力が現代を生きる僕自身にも働き、自由にされる体験をすることができるのです。

おっさん
■書き続けることはいいことだらけ

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