0359_負の感情は心の中で留まることなく、延焼、類焼する

負の感情の対処方法

いつも魂が恵まれていたいと思っていますが、日々生活する中で、荒波や暴風が来ることは避けられず、対処する必要に迫られます。それは不安かもしれませんし、怒りかもしれません。あるいは、不平不満かもしれせんし、恐れかもしれません。こういった負の感情は心の中でとどまることなく、延焼、類焼する可能性があるのでできる限り早く鎮火しないと人生の豊かさに大きく影響を与えてしまいます。

もしかしたら、自分を躾けられている人はすぐに鎮火作業に移れるかもしれません。そういった人は、おそらく様々な言葉によって自分の感情をコントロールできる人だと思います。しかし、少なくない人がSNSなどに書き込んで感情を第三者に吐露して共感を得たり、誰かに話しを聞いてもらって一見すっきりしたりしている様子を見ると、誰でも暫定的な鎮火作業に追われているように思います。

御霊は消失する

聖書には「御霊を消してはならない」との言葉がありますが、どうも御霊は消える性質をもっているようです。もちろん「イエス様はどんなときでもいつも共にいてくださる!」というのは真実だと思います。なぜなら、イエス様は僕たちがまだ罪人であった時に命を捨てるほどに愛してくださったからです。しかし、聖書が言ってるように、魂が恵まれる源泉が御霊にあるのであれば、それを消さずに持ち続けたいと強く願います。

なぜ、御霊を消してはならないかというと、この前に有名は文が続いています。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。テサロニケⅠ5:16-18」

イエス・キリストにある

「キリスト・イエスにある」というのは英語ではin、中国語では在が使われており、キリストの側に立ち続けることだと思います。旧約聖書に登場する預言者エリヤは神の民であるイスラエル人に対してこのように叱責しています。

そのときエリヤはすべての民に近づいて言った、「あなたがたはいつまで二つのものの間に迷っているのですか。主が神ならばそれに従いなさい。しかしバアルが神ならば、それに従いなさい」。
列王記上18:21

当時神の民であるイスラエル人は異邦人の神であるバアルと万物を創造された神との間でどっちつかずの状態にあったようです。僕はこの箇所を読むといつもドキッとしてしまいます。なぜなら、僕も日常生活を送る中で日常の引力、あるいは、肉の性質の影響力を受けて、常に揺れ動いている弱い者だからです。ですから、イエス様のところに駆け込んで、イエス・キリストの側に立ち続けられるように、御霊を持ち続けたいと思います。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。
御霊を消してはいけない。
テサロニケⅠ5:16-19

おっさん
■負の感情は周りに延焼、類焼するため、早く鎮火作業しないといけない
■おそらく少ない人が負の感情の鎮火作業に苦戦しているのではないか
■喜び、感謝、祈りの源泉は御霊にある
■御霊を消さないために、キリストに駆け込み、キリストの側に立ち続けたい

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