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タブー視されてきたキリスト教の話題
長らく中国国内では、家の教会の非法性から、キリスト教の話題、特に家の教会の話題はタブー視されてきた。中国には宗教の三色市場という言い方があり、それぞれ、黒市、灰市、赤市の三色に分かれており、中国の家の教会は建国以来、ずっと黒市とみなされてきた。
しかし、2001年の江沢民の重要講話によって、事実上、家の教会は黙認されるようになり、また、2005年の宗教事務条例が施行されてから、教会活動も黙認されるようになった。
しかし、あくまでも、黙認であって、その存在、または活動が法的に守られているわけではない。片目をつぶって、片目を開けている政策方針であり、統治者の都合によって、または地域によって、家の教会に対する干渉のさじ加減は調整され続けている。
しかし、このような一連の寛容的な政策により、中国の家の教会は、黒市から灰市へと変化を遂げ、地下状態から地上へと太陽の光を受けることができるようになった。このような寛容化した政策を背景に、より開放的な透明性のある家の教会が生まれてきた。
しかし、共産党内には、公に活動を始める家の教会、雨後の竹の子のように次々に生まれる教会、その家の教会の成長速度に警戒感を示し、再度、弾圧を強化すべきだと主張している人も少なからず多くいる。
家の教会の転換期があるとすれば、以下のの三つが挙げられる。
- 一つ目は、江沢民の重要講話(2001年)
- 二つ目は、宗教事務条例の施行(2005年)
- 三つ目は、于建嵘氏による調査報告(2008年)
中国社会科学院の于建嵘の調査
于建嵘氏は政府系シンクタンクの中国社会科学院の農村研究者として非常に有名であるが、宗教の専門家でもなく、キリスト教徒でもない。于建嵘氏が家のキリスト教に対する調査をすることになったのは、偶然の出来事であった。ある日、国の政策決定に影響を与える各部門が集まる会議の中で、ある人が、家の教会に対して弾圧を強化すべきだと主張した人がいた。
その際、于建嵘氏は、家の教会の実態を知らずに、どうやって弾圧をするのか、その規模、活動、状況を知らずに具体的な措置が可能か、という問題提起をしたところ、その会議の中で、激しい論争が起こった。
結局、会議の中で、お前(于建嵘氏)が言い出したんだから、お前が調査しろ、ということになり、于建嵘氏をリーダーとして立て、家の教会の実態を明確にするための調査が行われることになった。これは国家プロジェクトで、建国初の家の教会に対する全国規模の調査である。
于建嵘氏を中心とする調査メンバーは、約1年(2007年10月から2008年11月)の時間を費やし、
陝西、河南、山東、浙江、江蘇、雲南、重慶、海南
江西、福建、広西、広東、四川、湖北、安徽、遼寧、
吉林などの数十の省を調査の対象とし、
遼寧省以外の場所は、すべて于建嵘氏が自ら赴き、一般信徒や教職者はもちろんのこと、政府官僚や一般市民などを対象にインタビューを実施した。
調査対象は、
①家の教会の信仰
②伝道ルートと手法
③教会の主な活動
④地域性のある教会組織、
⑤宗教印刷部の発生源
⑥宗教場所
⑦宗教儀式
⑧主要な構成メンバー
⑨信仰者と組織が要求するもの
⑩宗教活動費
⑪地方の宗教事務局の対応
⑫外部との関係
調査方法は、
①インタビュー形式による調査
②文書によるアンケート調査
分析対象は、
①キリスト教徒と家の教会の関係
②主要メンバーの政治思想と職業
③政治傾向と要求
④主要メンバーの信仰の真実性
⑤各宗教組織との関係
⑥地元政府の管理状況
⑦犯罪者の有無、及びその犯罪行為への可能性
⑧慈善事業やボランティア活動などの社会活動への参加
⑨国家公務員と共産党員に対する影響力
⑩国内キリスト教と国外キリスト教との関係と勢力
⑪未来の中国の安定した社会に対する影響とその作用
于建嵘のキリスト教徒に対する感想
于建嵘氏は家の教会を調査した際の印象を次のように述べている。
「ある農村の女の子は、教会活動がある時、みんな一緒になって、本当に喜んで賛美歌を歌っていました。私はその様子から、彼女たちの心の中にある光を感じました。それは、私たちみたいに美味しいものを食べ、いいものを着ているすべての人が持っているものとは明らかに違いました。
私は、キリスト教徒ではありませんが、彼らと接触することで、心を動かされました。社会の最下層にいる信者と接し、彼らの活動に参加することによって、自分のキリスト教徒に対する認識に新たな変化が生まれました。彼らは知識者が言うような民主主義や自由には全く関心がなく、彼らは、ただ神と教会内の兄弟姉妹だけに関心をもっていることに気づきました。」
また、このようにも言っています。「このような一種の拠り所を見つけた人たちは、恐らく、私たちのような世俗世界で生活している人より、遥かに喜びに満たされているようでした。どうして、私たちは、その喜びを彼らから取る必要があるのでしょうか。たとえ、宗教学が家の教会に対してどんな研究をしたとしても、私から見れば、これは一種の社会的な精神生活の一部です。」
于建嵘の提言
そして、1年の調査を終え、明らかになった家の教会の実態をもとに導き出された政府へ提言は、決して家の教会に弾圧を加えよ、というものではなく、逆に、客観的に実体的に家の教会が既に存在しているのであるから、それを認め、法的に認めるべきであるというものであった。
氏は政府に対して以下の三つの提言をしている。
- 政府は家の教会の合法的存在を認め、見て見ぬ振りの態度を改めるべき
- 家の教会を三自愛教会の組織外で、法的に認めること
- 法的に登録された後の家の教会が神学校や訓練クラスを開講する際は、必ず、内容を透明化、公開させ、政府は秘密化に反対すること
氏は、特に③を強調している。
氏が浙江省温州市の家の教会を調査した際、あるアパートで20名ほどの子供が聖書の学びと訓練を受けていた。ここで学ぶ子供は無料で食事と宿を提供されており、訓練期間中の3ヶ月間は、外に出ることはできない。学費も要らず、家賃や食費も必要なく、さらに将来の職まで用意されている。(将来の職とは宣教)
このような組織は現代社会にとって、非常に魅力的な存在であり、人々を惹きつける力がある。氏が一番心配しているのは、これはどのような場所で、何を教育し、彼らが何を学んでいるかを社会全体が把握できないことで、訓練、学びの内容が公開化、透明化されないことによって、異端や邪教発生の温床になる可能性があると指摘している。
このように于建嵘氏主導の偶発的に始められた調査によって、始めて家の教会の実態が明らかになった。
政府でもなく教会員でもない、中立的な組織が調査を実施したことにより、偏見や先入観が極力入っていない、真の家の教会の姿が提示され、これまでタブー視されてきた家の教会の話題に、光を投げかけ、公共の場で家の教会を語ることを可能にした。