家の教会でない家の教会

私が通っている教会は、三自愛国教会ではなく、家の教会です。家の教会という言葉は、決して中国で生まれた言葉ではなく、西欧社会に既にあった教会の組織形態のひとつであると言われているようです。

広義で言えば、様々な制約により、決まった集会所や礼拝堂を持たず、信徒の家庭内で集会を持つ小規模な組織を指しており、パウロやペテロなどが活躍した使徒行伝時代なども、この家の教会という形態をとり、集会していただろうと言われています。

狭義で言えば、中国の政府公認の三自愛国教会に対して、政府非公認の教会を指しています。中国では、20世紀前半から、既に家の教会という形態が存在していたという人もいますが、一般的には、1950年に三自愛国教会が成立し、それに加入しなかった人たちが、家庭で集会を持つようになり、それから、家の教会という形態が誕生したと言われています。

特に1958年から1976年まで、様々な形で続いた政治的な階級闘争の中、憲法で保障された宗教信仰の自由は、完全に形だけの文面となってしまい、1966年から76年まで続いた文革により、キリスト教はもちろんのこと、仏教や道教やイスラム教など、さらには、中国固有の民間宗教や民間信仰までもが革命の対象となり、

宗教施設は破壊の対象となり、
宗教活動は取締の対象となり、
宗教観念は撲滅の対象となり、

目に見える宗教は地上から姿を消し、
完全に地下状態に突入します。

中国の家の教会が地下教会といわれるゆえんはここにあります。ちなみに、文革期は三自愛国教会も活動を停止させられています。そして、文革終了後、1978年から始まった改革開放により、憲法に基づき宗教管理政策が本格的に実施されたこと、また、地方政府も家の教会に対して寛容的になったこともあり、家の教会が農村を中心に、農村から急速に各地に広まっていきました。

改革解放後の地方政府の管理手法には差があります。今年、4月に浙江省温州市の非常に大きな教会堂が破壊されたのは、中国や日本でもニュースになりました。

地方によっては、現在に至っても、集会の停止命令、牧師の連行、教会堂の破壊、教会資産の没収などが行われているが、全体的に見れば極少数のようです。

文革期と比較すれば、拘置所に何十年も拘束されたり、労働改造所や教養改造所に送り込まれたり、また、人権を全く無視した暴力や体罰などの強硬的な行為は現在では見られないと言われています。

以前あった政府による強硬で破壊的な迫害は、なくなりつつあり、そのような問題は小さくなっているようです。

次に問題になるのが、家の教会に法的な立場を与えるかどうかです。法的な立場を得る手段は、通常であれば、

  1. 三自愛国教会の管理下に入る
  2. 宗教事務条例に従って登録する

の2種がありますが、

大部分の家の教会は①に反対しており、②の方法も、宗教事務条例には憲法に記載された内容に符合しない内容があること、また、審査、許可制で、相当煩雑な手続き審査を経なければ登録できず、現実、登録は困難で、家の教会が登録したくても、地方政府が登録させない状態がずっと続いています。

私が通う教会は、なんと①、②の方法を取らずに、地方政府公認の教会となった。その方法は、教会という組織を宗教社団法人として登録する方法ではなく、集会場所を登録し、その場所で行われる宗教活動を合法化する方法を採用したようです。

教会のリーダーの話によると、この方法で合法化される教会はほとんどなく、非常に稀なケースであると言っていました。

2005年にできたこの家の教会は、数年で数百人の群れに成長し、3年前にテナントビルを購入改築し、数百名収容できる教会活動場所を構えました。その後、急速に拡大する教会に難色を示した地方政府から圧力がかけられるようになったそうです。

地方政府は、現在使用している施設で集会を続けたければ、三自愛国教会の管理下にはいるように要求してきました。三自愛国教会によって管理されることは、つまり、活動が自由にできなくなり、教職者も宗教事務局から派遣され、本来の目的を持って、神が立てた教会をつぶすことになることを意味します。

家の教会にもボトムラインがあり、三自愛国教会には断固として入らないことを主張した上で、もし、三自愛に入らないことで、このテナントビルを使わせなくするなら、今の家の教会の1000名の群れを20名づつにわけて、ゲリラ的に50の場所で集会をするようにもできると主張しました。

もし、そうすれば、政府が教会を管理するのに、さらに多くの人員を投入して管理しなければならなくなり、管理がより困難になってしまう。

それが果たして双方にとっていいことなのかどうか。

2012年から一年間粘り強い対話が続けられ、祈りぬかれた結果、2013年には正式な合法の集会場所と認定され、宗教活動が合法化されることになりました。

家の教会という言葉は、広義で言えば、様々な制約により、決まった集会所や礼拝堂を持たず、信徒の家庭内で集会を持つ小規模な組織を指し、狭義で言えば、中国の政府公認の三自愛国教会に対して、政府非公認の教会を指していますが、

この家の教会は、既に広義で言っても、家の教会ではなく、狭義で言っても、家の教会ではなくなってしまったのかもしれません。