0810_この世のことも楽しんで、キリストの恵みに与る生き方が一挙両得でいい!?

この世の楽しみ

僕はイエス様に出会う17歳になるまでは、この世のことも楽しんで、キリストの恵みに与る生き方が一挙両得でいいと思っていたことがありました。しかし、それはイエス様に出会って全く変わりました。イエス様と共に歩む、歩み続ける恵みはこの世が与えるものと比べ物にならない喜びを僕に与えてくれました。

しかし、僕が直面したのはイエス様と歩み「続ける」ことへの葛藤でした。なぜなら、自分自身が日常生活の中でこの世のものを求めていることを自覚することが多くあったからです。

キリストと共に歩む喜び

そして、いつしか、イエス様と共に歩み続ける言葉に尽くせない輝きに満ちた喜びを味わったにもかかわらず、再び二心的な生き方をするようになりました。しかし、その生き方ほど苦しい生き方はありませんでした。どこかで罪悪感を覚えていたり、常に心に葛藤があったからです。心が全く自由にされていなかったのです。

この世のコンテンツを享受しても一時的な質の悪い楽しみがあるだけで、僕の魂は渇く一方でした。しかし自分にとって都合の悪い、耳に痛い聖書のことばと向き合うようになってから、自分が変えられたいと思うようになってきました。

選択し続ける

日常の小さなところで、自分の肉が喜ぶこの世的な楽しみじゃなくて、イエス様を選択していく決心をしたのです。結局、クリスチャンの喜びは神様を第一として、神様に仕える生き方をする時に本当に心に喜びが与えられ、平安が与えられ、「あー神様が喜んでくださっている」という至福の体験をさせて頂くことができます。

毎日、自分に言い聞かせているのは、結局は日常のあらゆる局面で「イエス様を選ぶか?選ばないか?」の二択です。もちろん、残念ながら罪を犯すこともあると思います。またイエス様を選択できないこともあるかもしれません。しかし、それでも、僕はイエス様を選べる打率を限りなく上げていきたいと思っています。

言い換えれば、イエス様が共にいてくださっているのに甘えるのではなくて、僕自身から主体的に、能動的に、自発的にイエス様のほうへ駆け寄っていき、イエス様を選び、イエス様と歩み続けたいと思っています。

僕が近づき続ける番

これまではイエス様が一方的に僕のところに来てくださっていました。十字架しかり、イエス様に出会う体験しかり。しかし、これからは僕がイエス様を選び続け、近づき続ける番だと思っています。

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