0429_いろいろな人のモーニングルーティン

早朝の音や声

朝はやく起きるようになると、窓の外から様々な人のモーニングルーティンを伺い知ることができます。例えば、ある人は5時過ぎになると熊よけの鈴を鳴らしながら散歩していたり、ある人は犬と一緒に全速力でランニングしていたり、あるいは、おばちゃん同士がぺちゃくちゃおしゃべりしながら歩いていたりしています。

面白いのが毎日、そして、同じ時間に家の前を通り過ぎるのです。僕はその方たちを音や声でしか知りませんが、「あ、今日も通ったな」とか一方的に親近感が湧いてきたり、安心したりするから面白いものです。

習慣化すること

ルーティンという言葉にはこのような意味がありました。

きまりきった手続きや手順、動作など。また、日常の仕事。日課。

引用元:コトバンク

家の前を歩いたり、走ったりしている人たちは毎朝の行動が習慣化されていて、特に頑張りや意識をすることもなく、体が勝手に動き出すような生活をされているのだと思います。僕自身は朝型人間化に向けて5月から絶賛調整中ですが、少しずつ、目覚ましなしで、早朝に起きられるようになってきました。

良い習慣ではあるが…

習慣という言葉には、ポジティブな印象とネガティブな印象があるように思います。ポジティブな意味としては、いわゆる良い習慣であり、身体、精神、魂に好影響をもたらすものです。例えば、毎日の適度な運動、学習、読書、おしゃべりなどは続けているだけで、良い効果が出てきます。そういった習慣は毎日に活力を与えてくれます。

一方で、ネガティブな習慣とは、良い習慣ではあるのですが、無味乾燥でやらされている感のあるものです。例えば、先程の運動や、学習なども、もし、「強制的にやらされている」とか、「いやいややっている」とか「喜びがなく仕方がないからやっている」という状態だと良い習慣とは言えません。

良い習慣は無味乾燥のような毎日に活力を与えてくれるものです。

目的をもつ

僕が早朝に起きる理由は主との時間を天引きするためです。正直以前はネガティブな習慣になりがちでした。「眠いのに起きないといけない」とか「眠いのに聖書を読まないといけない」とか、活力もなにもないいやいややっているような習慣だったのです。いわゆる、「習慣でやっている」という状態でした。

しかし、「救われて数十年立つけれども、相変わらず、僕は弱くてどうしようもない人間だから、主の助けがほしいし、何より、主との交わりに喜びをもって生きたい」と心から願うようになった時に、たしかに習慣でやっていますが、平安と喜びが心にあることが実感されています。

おそらく、自主的、主体的、能動的に目的意識をもってする習慣はポジティブな習慣になるのだろうと思いました。

おっさん
■良い習慣であってもいやいややっているようであれば、「習慣でやってる」になってしまう
■主体的になり目的意識をもって習慣化できれば、毎日に活力が与えられるだろう

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