クリスマスと少数民族とカツラ

私が通う教会には、ワーシップチームが2つあります。

ワーシップチーム…キリスト教会で礼拝の賛美の時間を導くシンガー及び奏楽者のチーム

ひとつは、昨年結成された従来からのメンバーで構成されているバンドです。もうひとつは、今年から教会に加わることになった朝鮮族で構成されているバンドです。私は人手不足につき、両方のバンドに属しています。

朝鮮族と言っても、彼ら彼女らの国籍は中国で、東北三省(黒竜江省、遼寧省、吉林省)出身の人達です。少数民族の中国人です。彼らは中国語を話しますが、朝鮮族同士で話をする時は、いつも韓国語(朝鮮語)を使っています。お祈りも韓国語でしているので、どうやら、そっちのほうがいいみたいです。

リーダーであるギターボーカルの千兄弟は、広東省の家庭教会内で数十年牧会経験があります。彼は三人兄弟の末っ子で、お兄さん二人は、黒竜江省で牧師をしています。彼は、数年広州の家庭教会で牧会していたようですが、賛美活動に専念するために、教会は後任に委ね、今年の6月に東莞へ来ました。

牧師と聞くと、少なからず緊張を覚えますが、千兄弟は、結構ロッカーな牧師です。以前、千兄弟が賛美のリードをした後、説教者にバトンタッチするために舞台の右端に戻って来ました。

舞台端の椅子にはかばんが置かれており、座る場所がなかったため、千兄弟は、

千兄弟
ギター弾きながら、立ちっぱでリードすんの腰痛いねん!
と言って、ヤンキーみたいにステージの地面に直に座り始めました。

もう一人の朝鮮族のバイオリニスト(男性)も足が痛いと言って、一緒になって地面に直に座り始めました。

女性説教者がその二人の行為を見た瞬間、

女性説教者
あーいい大人が見苦しい!みっともない座り方はやめなさい!!
と叱っていました。

それを聞いた二人は、腰を押さえながら、ふらふらと立ち上がり、何も言わずに、別室へ移動して行きました。私は、牧師と言われる人が本気で怒られているのを初めて見ました。

カルチャーショックでした。牧師は「これ」という固定観念が崩れた瞬間でした。

昨日は、教会でクリスマスの最終リハーサルがありました。40代の姉妹が舞台監督を務める演目です。私が千兄弟と一緒に楽器の準備をしていた時、千兄弟が、PA機器の上に置いてある黒い頭髪を見つけました。ビニール袋に入った「かつら」です。

千兄弟は、

千兄弟
誰のかつらやねん!こんなとこ置くなや!気持ち悪い!
と言って、端にぽいっと投げました。その時は、私も千兄弟も劇で使う小道具かと思い、特に気にはかけませんでした。

そして、セッティングを終え、リハーサルが始まりました。私は、早めに出番を終え、会衆側に回って、リハーサルを見ていました。隣には、千兄弟のバンドでドラムを務める朝鮮族の金姉妹が座っていました。ちなみに、私は姉さんと呼んでいます。

演目は、オープニングダンスから始まり、「楽婆婆」(楽しいばばぁ)という演目のおばちゃんのラップ、朗読やソバージュ男性と数名の女性によるダンスがありました。

そして、今年も昨年同様、夫婦による社交ダンスがありました。この演目は後半に配置されており、静かな曲が流れる中で、40代の本物の夫婦が麗しく踊る、目玉のプログラムでもあります。

日本ではなかなかお目にかかれない演目です。中国では大都市(上海、北京)での離婚率が30%ほどで、家庭や夫婦関係の問題を抱えた人が多いです。

このような背景のもと、新婚じゃない、いい年の夫婦が麗しく踊り合うこと自体が奇跡であり、教会内では、非常に重要なプラグラムとして見られています。

昨年は、隣にいた未信者の人が、「あれ、本当に夫婦同士なの!」と驚いていたほどです。そして、昨晩も、いい年の5組の夫婦が舞台に登場しました。

全員舞台に登場した瞬間、急に隣に座っていたドラマーの姉さんが、ある夫婦を指で指しながら、「ウヒャヒャヒャヒャ!!」と下品な笑い声を上げ始めました。

ちなみに、中国の教会内には、この下品な笑い方をする人が、私を含め3人います。5組の中には、舞台監督である40代の姉妹も含まれていました。その姉妹のご主人は、本来であれば、頭髪が皆無のはずですが、昨晩は、別人のように頭髪が生えていました。

あのかつらです。

どうやら、金姉妹は、かつらを被った男性が面白くて、ツボにはまったようです。静かな音楽が流れる中、金姉妹の下品な「ウヒャヒャヒャヒャ!!」という笑い声が、会場に響きわたっていました。

これは笑っていい演目ではありません。姉さんの周りにいた人が、笑わないように注意していました。金姉妹も金姉妹ですが、40代の舞台監督もこれはいけないと思います。

これは、そもそも、「キリストにあって、変わらぬ夫婦の愛」を表す演目です。まず、40代の姉妹がありのままの旦那の姿を受け入れられなかったことが、すでに負けです。かつらも、劇等でウケを狙った使用方法ではなく、切実に必要で使用されたことが、いたたまれてなりませんでした。

昨晩も笑いが耐えない中国らしいクリスマスのリハーサルでした。
明日からいよいよ開始です。

ひとりのみどりごが我々のために生まれた、ひとりの男の子が我々に与えられた。

カナンの地は今日も輝いています。