1813_本音を書けば心は軽くなる | 中国で限界だった私を立ち直らせた言語化の力

不要なノイズが溜まっていく

ある人がこのようなことを言っていました。PCやスマホを使っているとどんどん不要なキャッシュが溜まっていくように頭の中にも不要なノイズが溜まっていく。その分だけ脳のメモリがノイズに占拠され機能不全に陥ってしまう。それは言語化することによってはじめて頭の外に排出され、頭をすっきりした状態にできる。

これは本当にそうだと思います。僕は社会人になってから自分は話すよりも書く方が好きな人間だと自覚するようになりました。ずっと日記などに自分の思っていることを書くことを習慣にしていたのですが、書くことの本当の威力を知ったのは2012年に中国に行ってからでした。

疑心暗鬼モード

当時は日本語教師1年目で学生の要望に応えられる授業ができておらず非常に苦悩していた時期でした。特に、ある社会人向けのクラスで明らかに学生の不満が目に見えるようになりました。僕は学生からの不満を受け、それでもどうやっても彼らのニーズに応えられない自分に苦しみました。

さらに、2012年はまだ中国で地下教会にも行けておらず、一人で母教会の説教音源で聖日を守る日々が続いており、精神的にも霊的にもどん底のような日々が続いていました。そんな日、学生が授業中にひそひそ話をしていたのです。僕は既に疑心暗鬼モードになっていたので、それが自分の悪口を言われていると思い込んだのです。それから僕のメンタルは崩壊してしまいました。

誰にも見せられないような内容

僕はそこから「言語化」によって立ち直りました。朝から中国のケンタッキーでコーヒーを頼んで座り込み、ノートを広げてそこに書き続けたのです。クリスチャンだからと言って「このよな状況にあっても主に感謝します。」のような心にも思っていないことを書いたわけではありません。僕は自分の心に溜まっていたすべて吐き出すようにノートに書き出しました。正直、相当ネガティブな感情も言語化して書いたので、誰にも見せられないような内容になりました。

それでも不思議なことに夕方になるころには、心の中がすっきりして肩の荷がおり、楽になるのを感じたのです。これが言語化の力です。僕はこの時に書くときは自分の本当の気持ちを書くことにこそ力があることを知りました。もし当たり障りのないことを書いていたなら、僕は負の感情から解放されていなかったと思います。

自分に対して書く

ネガティブな感情を書き出すことについて一つ注意があります。それは誰に対して書き出すか?ということです。SNSは外に向けて書き出します。それを見た人もネガティブな感情に引きづり込まれてしまいます。今回僕が書いたのは誰にも見せずに自分に対して書くということです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)