0610_習慣化を習慣にするための絶対前提

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英語の勉強

最近ひょんなことから英語の勉強を再開しました。今住んでいる地域に東南アジアの方が多いのと教会にもちらほら英語を母国語とする方が来られているので、今置かれているところで英語が役に立つのではないかと思ったからです。

中学生の時から社会人になるまで英語はずっと嫌いでした。ただ、中国に行ってから時間があるというので英語を一から本格的にやり直そうと決心してから変わりました。

中国の英語のテキストにはこのような言葉がありました。「少就是多」(少ないことは多いこと)。つまり、多く学んでも消化できないので、毎日ほんの少しだけ何かを習得すればいいという考えです。そして、時間が経過すれば、少なかったと思っていたものが実はとても多かったことに気づきます。

習慣化を習慣にする

習慣化が習慣になっているとなんでも自分の生活に取り込んで、新しい技術や能力を身に着けることができます。これまで色々なことを習慣化してきました。毎日聖書を読むこと、毎日暗唱聖句をすること、毎日ブログを書くこと、ランニングすること、筋トレすること、プログラミングの勉強をすること、などなど。

習慣化の最大のメリットはやろうと思ってやるのではなくて、体が勝手に動くというところにあります。タスクがたまっているという感じもありません。自己啓発的であまり好きじゃないのですが、目標に紐づいていればその目標を意識するだけで体が動くといったほうが正しいかもしれません。

目標

僕が管理しているGoogleのスプレッドシートには大目標とそれに紐づく中目標、小目標がピラミッド型にかかれています。中目標は小目標によって構成されており、大目標は中目標によって構成されています。ようは、一日一日の習慣のすべてが大目標を支える項目になっているのです。

もし目標がないなら、体が勝手に動くということは絶対にありません。なぜなら、感情的に盛り上がった熱は数日経過すれば盛り下がるからです。いわゆる、モチベーションが下がってしまって、三日坊主になったりしてしまうのです。

体が勝手に動くために

しかし、ありたい姿、なりたい姿に焦点を当てれば、そういった感情に左右されることありません。一心にそこを見つめるからです。

最近車の運転を始めましたが、車の運転ではできるだけ遠くを見たほうがいいそうです。そうすることにより、視界が広がり、自然とその方向に行こうとするらしいのです。

そこで、わたしは目標のはっきりしないような走り方をせず、空を打つような拳闘はしない。
コリントⅠ9:26

おっさん
■習慣化を習慣にするにはまずは大目標が必要

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