0352_右から聞いたことを左に伝えるだけの管の役割のおっさん

仕事での出来事

先日すごく嬉しいことがありました。金曜日にお客さんから緊急でデータベース直書き換えの対応依頼があり、依頼当日中に対応すべきだったのですが、対応する人が確保できなかったので、対応が月曜日になってしまいました。それでも、お客さんからは、感謝の意を表すメッセージが来ていました。

それから、数日後に、お客さんから再度「先日急ぎでご対応頂いたおかげで無事集客ができてイベントが大成功しました。開発の方にもお伝えください。」と非常に丁寧な連絡をいただきました。それを開発に伝えたところ「おおお、嬉しいっすね!!」みたいな連絡が来てて、それをまた担当者につなげて、全員がほっこりした気持ちになったという話です。

ありがとうが意味を付与する

この出来事から学んだことは「ありがとうを伝えることの大切さ」です。開発側の運用保守の仕事は割と泥臭い側面があって、センシティブなのですが、単純作業が多くなりがちです。よく開発の方から、「これってどんな意味があるんですか?」とか「システム化してしまいましょうよ。」と言われるのですが、なかなか意味がわかってもらえなかったり、予算的にシステム化するよりも都度対応してもらわないといけない事情などがあります。

しかし、そういった意味がわからないと思えるような一つ一つの作業がお客さんの喜びと価値提供に直結しているということです。そして、をれを伝達できるのは間に入っている人間だけなので、伝達責任は間に入っている僕にあるのだと痛感しました。

僕は自分の仕事をお客さんに「ただの窓口のおっさん」と言ったりしています。右から聞いたことを左に伝えるただの管にすぎないのです。かっこよく言えば、WebディレクターやWebプロデューサー、あるいはソリューション営業とでもいうのかもしれませんが、個人的には街の窓口のおっさんくらいのほうがみんな気軽に連絡をしたり相談てくれたりするので、ちょうどいいかなと思っています。

伝えること

「話さないと伝わらない」というのは、僕のこれまでの人生で比較的意識してきたほうです。というよりも空気を読んだり、気持ちを察したりする能力が欠乏していたので、わざわざすべて言語で確認しないといけなかったからです。よく人から、「わざわざそれ言う?」とか「それ聞く必要ある?」みたいなことを言われてきました。。

ただ体感していることは、実は多くの人は以心伝心できておらず、それほど読心術に秀でているわけでもなさそうです。以前読んだ本にこのように書かれていました。「当たり前のことは、誰にとっても当たり前なのではない。」もし、自分が当たり前と思う時、相手もそう思っていると思いがちです。そして、言葉で伝えることをしなくなります。

もし、誰かに感謝の気持ちを伝えたいと思ったならば、それを実行すべきは、今なんだろうと思いました。

おっさん

■「ありがとう」の一声は仕事に意味ややりがいを与えてくれる
■しかし、往々にして、「ありがとう」の気持ちが伝達されていない場合が多い
■自分にとって当たり前のことは、他人にとって当たり前とはかぎらないので、
■「きっとわかってくれているだろう」とは思わずに、特に感謝の言葉は積極的に伝えるようにしよう

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