氷と水がたっぷり入った洗面器に顔面を浸けて思ったこと | 顔面が浄化

刺激主義なので

先日、Webで氷と水がたっぷり入った洗面器に顔面を浸けている画像を見ました。その記事によると水風呂で自律神経が整うほどの効果はないにしろ、息を止めて冷たい氷水の中に顔面を浸すことで、いわゆる、整うらしいのです。

僕は刺激主義なのですぐにチャレンジしてみたいと思いました。というのも僕は銭湯に行けばサウナと極冷の水風呂を繰り返すタイプであり、冬場でも必ず風呂で水のシャワーを浴びてブルブルさせている人間だからです。これはやらない手はないと思ったのです。

顔面が浄化

さっそく洗面器を持ってきて氷を大量に入れて顔面を浸しました。確かに自律神経に影響はなさそうでした。しかし、顔面が浄化されたような気分になりました。おおよそ、夏場の屋外で汗をだらだら流している時に、ギンギンに冷えたボティータオルで顔面を拭く行為の3倍くらいの爽快感です。

その日はちょうど在宅ワークだったので、休憩でキッチンに来るたびに顔面を洗面器に浸すようにしました。「うん!確かにきもちいい!これはありだ!」と改めて思いました。

この肉体もいたわる

僕が若かりし頃はいつまでも生きられると思っていたのと、「結局大切なのは霊であり魂でしょ!」と思っていたので、この肉の体を軽んじていたふしがあります。そのため、定期的に運動もしていなかったし、好きなものを好きなだけ食べるような生活をしていました。

しかし、いろいろなところを通る中で、数年前からようやくこの地上で生きるためにはこの肉体もいたわって、メンテナンスしてやらないといけないと思うようになりました。

魂は肉体とリンク

そんなことを思っていたら、ある牧師先生がこのようなことを言っていました。「みなさんの魂は肉体とリンクしていますよ。肉体があるからこそ主を賛美できる。肉体があるからこそ感謝を表現できる。肉体があるからこそ喜びを表現できる。だから、霊的なことと肉体は切っても切れないですよ。」

僕はこれを聞いてはっとさせられました。そしてこの御言を思い出しました。

ヘブル人への手紙 12:14
すべての人と相和し、また、自らきよくなるように努めなさい。きよくならなければ、だれも主を見ることはできない。

テサロニケ人への第一の手紙 4:7
神がわたしたちを召されたのは、汚れたことをするためではなく、清くなるためである。

ともすれば、見えないもの、霊や魂や心がきよめられていればいいと思うかもしれません。しかし、主はその影響の範囲を肉体にまで広げる必要があるとおっしゃっています。なぜなら、上述したように「みなさんの魂は肉体とリンクしていますよ。」だからです。

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