あなたは遣わされる
僕がペンテコステ派の母教会から福音派の教会に籍を移してから、およそ6年が経過します。当時の牧師先生は僕が福音派の教会に行くことに対してこのようにおっしゃってくださいました。それは「あなたは遣わされる」ということです。僕はその言葉に大変励まされたのを覚えています。牧師先生は「なんで福音派の教会に行くんだ!」とか「せっかく育ててやったのに!」とかネガティブなことは一切おっしゃりませんでした。
心のうちはわからないのですが、先生は送り出してくださったのです。だから僕は今でもずっと僕を育て送り出してくださった先生に感謝しています。
教会から離れる
そして僕にとって生まれた時から約30年ほどいた教会から離れるというのは霊において大変苦しいものだったからです。これは主の御心なのかどうか?ということに関しては数年単位で祈って答えを出しました。答えが出た時に御言が与えられました。そして、僕の心は平安で満たされました。だから今、僕は母教会から離れていても元気でやっていくことができています。
今は今通っている福音派の教会も大好きです。僕はここにおかれ、また仕えることができることに心から感謝しています。しかし、母教会に対する思いと比べたら全く気持ちの面では違います。それはこれからも決して変わることはないでしょう。なぜなら、僕をイエス様の救いへと導いてくれた教会こそが僕の信仰の源流だからです。
日常生活の中で回復
僕は福音派の教会に行くようになってから、このようなことを感じるようになりました。それは、かつてペンテコステ派の教会にいた時のように「祈りに集中できない」、「御言を宣言しても力がない」、「信仰が形式的になっている」、「信仰に力がない」、「聖霊の導きが明確にわからない」などです。
もちろん、これらの原因は僕にあります。なぜなら、僕の信仰は外部環境に依存しないからです。それから、それらひとつひとつを自分の日常生活の中で回復させていく旅が始まりました。この旅は決して容易なものではありませんでした。もう一度、同じ旅をしたいか?と言われたらしたくないような旅です。
まだまだ回復されないといけないもの
しかし、その中で主は僕を砕き、練りあげることで、かつて持っていたものを回復させることを体験させてくださっています。母教会を離れた6年前にもっていたものを今とでは全く違います。僕は霊的な多くのものを回復させていただいたように思います。しかし、そうであってもまだまだ回復されないといけないものが多くあります。僕は主がひとつひとつ回復させてくださることを信じています。
それと同時に母教会では特にそれほど努力することもなく、多くの霊的な祝福や恵みをいただけていたということにも気づかされました。教会から離れてみないとわからなかったことです。












