もしもらっているなら
大好きな御言の一つにこれがあります。それはこの御言が僕を正しい位置に戻してくれるからです。
コリント人への第一の手紙 4:7
いったい、あなたを偉くしているのは、だれなのか。あなたの持っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっているなら、なぜもらっていないもののように誇るのか。
自分に与えられている身体、仕事、家族、お金、能力、その他もろもろすべて主から与えられたものであり、所有者は決して僕じゃありません。僕は管理を任された管理人でありこれらすべては主のものです。
僕にとって奇跡
しかし、僕は時々、勘違いしてしまうことがあります。それは確かに働いたのは僕だからです。確かに勉強して能力を獲得したのも僕だからです。だからこそこの御言によって治めてもらう必要があるのです。そうでないと僕は勘違いしたまま間違った方向へ歩んでしまいます。
すべて源泉は主にあります。主が働くための身体、職場、お客さん、時間、労働意欲を与えてくださらなければ僕は働くことすらできません。働くために必要なすべてを主は備えてくださっています。これは僕にとって奇跡です。また、それだけではなく、気質、気分、性格に対する制御も主が介入し助けてくださいます。
お金と時間があれば
たとえば、家族で旅行に行くとします。旅行に行くには時間とお金が必要です。しかし、それだけでは楽しい時間になるという確約はありません。たとえば、不測の事態やトラブルに巻き込まれる可能性があります。また何かを起因に家族の誰かの機嫌が悪くなると旅行は台無しになってしまいます。聖書はこのように言っています。
箴言 15:17
野菜を食べて互に愛するのは、肥えた牛を食べて互に憎むのにまさる。
互いに愛することは裕福なのに勝るのです。
僕は社会不適合者であり、すぐに心の余裕を失いイライラしてしまいます。だから以前もブログで主にある怒りゼロ(Zero Anger)を掲げていると書きました。
すべての人の上に太陽を昇らせ
自分でできていると思っている些細なことであっても主が助けてくださっているから奇跡的にできているのだと思います。それにはクリスチャン、ノンクリスチャン関係ありません。主は恵み深く、憐れみに満ち、怒ること遅く、慈しみ豊かなお方であるので、すべての人の上に太陽を昇らせ養ってくださいます。













