1898_惰性の通読を打破 | 魂が一瞬で恵まれる聖書の読み方

御言の味わい方

今日は僕が日々の祈りの中で実践している御言の味わい方をご紹介できればと思います。まず初めに僕はこれまで個人的な祈りに関して具体的な教育を受けたことがありません。おそらく、あなたの牧師先生が日々どのような祈りの生活をしているかを知らないように、個人的な祈りの時間はブラックボックス化されています。

僕はそのような中で、「時々刻々と主と歩み続見続けたい」という強い願望のもと、試行錯誤をしてきました。祈りにおいては、従来のペンテコステ派の異言だけではなく、カトリックの観想や潜心なども取り入れています。跪いて祈ったり、立って祈ったり、手を上げたり姿勢も様々です。

誰も教えてくれなかった御言を味わう方法

さらに御言に関しても、黙想、通読、宣言、暗唱などを取り入れていまます。その中で少なくとも僕には誰も教えてくれなかった御言を味わう方法をシェアしたいと思います。この方法は控えめに言って、相当魂に効果的であり、御言を自分の中に取り入れるには最高の方法だと思っています。

たとえばこのような御言があります。

エペソ人への手紙 3:14-19
こういうわけで、わたしはひざをかがめて、
天上にあり地上にあって「父」と呼ばれているあらゆるものの源なる父に祈る。
どうか父が、その栄光の富にしたがい、御霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強くして下さるように、
また、信仰によって、キリストがあなたがたの心のうちに住み、あなたがたが愛に根ざし愛を基として生活することにより、
すべての聖徒と共に、その広さ、長さ、高さ、深さを理解することができ、
また人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、あなたがたが満たされるように、と祈る。

これは僕が毎朝必ず祈っている聖書の御言の一つです。僕はこの御言を毎朝このようにするようにしています。

  1. 心を注ぎ出して声に出して宣言する
  2. 「あなたがた」を「わたし」に置き換えて声に出す
  3. 御言をかみしめ黙想する

御言の力が自分の心の中から溢れ出す

この方法でいいと感じる点は2です。2の方法では抜粋するとこのような感じになります。

どうか父が、その栄光の富にしたがい、御霊により、力をもってわたしの内なる人を強くして下さるように、また、信仰によって、キリストがわたしの心のうちに住み、わたしが愛に根ざし愛を基として生活することにより、すべての聖徒と共に、その広さ、長さ、高さ、深さを理解することができ、また人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、わたしが満たされるように、と祈る。

どうでしょうか。御言が自分の中に浸透していき、御言の力が自分の心の中からあふれ出してくるのを感じられたでしょうか。この方法で魂が引き上げられ、恵まれ、かつ、聖書の御言に基づいた生活ができるようになります。

最初は必ず聖書の記載通りに読む

注意すべき点は、最初は必ず聖書の記載通りに読むことです。そうしないと、自己中心になってしまいます。次に大切なのは必ず声に出すということです。これを続けていれば、自然と御言を覚えることができ、日々の祈りの中で応用して使えるようになります。

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