先日、僕が作成したレターパックを上司に渡したら、上司が「俺も人のこと言えないけど、もう少しきれいに字を書こうか(笑)」と言われました。その時に、「会社名や住所など入ったゴム印があるから、自由に使ってくれていいよ」ともおっしゃっていただきました。
一方で、昨日は、以前の会社の上司の夢を見ました。その上司は僕が在職時に「お前は頭おかしいから、MRIを取りにいけ」とか「こんなん俺の小学生の息子のほうがよくできるわ」と平気でいうような方でした。
昨日の夢では僕の字の汚さに対して同じく「俺の息子のほうが上手に書ける」といったことをゆっていました。その時、僕は記憶が定かではないですが、夢の中で、反論してたようです。
今も字も汚いし、弱さも抱えているし、周りとの協力がないとやっていけない者だけど、唯一、キリストの哀れみによって、できてないようでできているように見える仕事、つまりは「キリストにあって、できているように見せさせて頂いている」仕事ができています。
全くもって、今があるのはこの詩を書いた作者の気持ちと同じです。
「彼らは自分のつるぎによって国を獲たのでなく、
また自分の腕によって勝利を得たのでもありません。
また自分の腕によって勝利を得たのでもありません。
ただあなたの右の手、あなたの腕、
あなたのみ顔の光によるのでした。
あなたが彼らを恵まれたからです。」
詩篇44:3(口語訳)