病の癒し
昨日は奇跡について書きました。今日も続けます。僕は自分の子供が死に至るほどの病にかかっているとわかった時、必死で祈りました。早朝に起きて祈り、断食祈祷をし熱心に神に祈りました。しかし、状況は一切よくなりませんでした。むしろ、病院に行くたびに医者に匙を投げられ、もう何の処置もできない、静観するだけという状況になりました。
昨年も書きましたが、僕はこの時、神様から距離を置くということをしました。それは決して不平不満があったわけでもなく、神様が嫌いになったわけでもなく、ただ「そっとしておいてほしい」と思ったのです。
この記事とつながる読みもの
ほうっておけないんだよ
そして、悪魔は僕をイエス様から引き離そうとしてきました。「神様はお前の子どもを癒してくれないもんな!」、「お前も見捨てられたな!」、「結局、神は現代においては奇跡はしないんだよ!」というささやきがありました。僕はそれに対しても耳を傾けず無視をしました。「神はどうするか?」というのはどうでもよかったのです。
しばらくそのような時を過ごしてから神様からの応答がありました。それは「ほうっておけないんだよ。」というものでした。主は僕がどこに行こうとも共におられるお方でした。
わたしはどこへ行って、あなたのみたまを離れましょうか。
わたしはどこへ行って、あなたのみ前をのがれましょうか。
わたしが天にのぼっても、あなたはそこにおられます。
わたしが陰府に床を設けても、あなたはそこにおられます。
わたしがあけぼのの翼をかって海のはてに住んでも、
あなたのみ手はその所でわたしを導き、
あなたの右のみ手はわたしをささえられます。
「やみはわたしをおおい、わたしを囲む光は夜となれ」とわたしが言っても、
あなたには、やみも暗くはなく、夜も昼のように輝きます。
あなたには、やみも光も異なることはありません。
詩編139:7-12
主にゆだねる
そののち、一人で途方にくれて道を歩いている時にこのような思いがきました。それはこのようなものです。「神様は奇跡を起こそうと思えば今すぐにでもできる。しかし、それをするかどうかの主権は主にある。主が御心どおりになるように。」
この時から僕と神様との関係が回復しました。なぜなら、この耐え難い試練を主にゆだねることができたからです。そして、子どもは天に帰りました。しかし、僕は主の大きな慰めの中にいました。絶望の中で慰められ希望を見出すこと、これも奇跡だと僕は思っています。
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