本家よりもいいものが生まれる
YoutubeやSNSが出てきてから、コンテンツにおいてこのような現象が起こるようになったと思います。それは「本家よりもいいものが生まれる」ということです。たとえば、誰かが作詞作曲をして歌います。しかし、Youtube上で本家よりもより歌唱力が高く、かつ、その歌を自分のものとして歌えるシンガーが出てくる可能性があるということです。
ようはモノマネ以上の精度で自分のものとして、より高く昇華してアウトプットされるのです。
最も評価されるべきは
これは良い、悪いという問題ではなくて人の評価がそうしているだけのことです。確かにモノマネ以上のアウトプットを出し、評価、承認を勝ち取ることができるのはすごいことです。しかし、僕は釈然としません。なぜなら、そういう人たちはいわば、生みの苦しみをしていないからです。
彼は彼女らは0→1の苦しみではなく、1を2にすることをしているだけです。悪く言えばフリーライドです。最も評価されるべきは生み出した人であるにもかかわらず、この世界は理不尽で、そういう人に対してスポットが当たらない場合があります。
神の世界の原則
SNSが出てきてから、この世界はこれまで以上に承認、認知、評価を獲得するのに忙しくなってしまいました。そして、それらを獲得した人が成功者であり、お金を儲けることができ、評価されます。それはこの世界の原則です。
しかし、神の世界の原則は違います。人数ではありません。唯一のまことである三位一体の神が承認し、認知し、評価してくださいます。それは目には見えないものです。そして、誰も気づかないものです。知っているのはその人自身と神様ご自身だけです。
愛の関係は永遠に続く
そして、知っている人は知っています。神の承認、認知、評価はこの世界の何億人からの評価よりも勝るということを。こういうことを書くと、「何億人からの評価をもらったことないくせに」とか「ひがみだ」とか聞こえてきそうな気もします。
しかし、静かな祈りの中で、神と一対一の関係の中で、「これは私の愛する子、私の心に叶う者である」と言われたらどうでしょう。心は神の愛で満たされます。心は溶けて神様の腕の中で安らぐことができます。何よりもこの愛の関係は永遠に続くのです。












