あーすっきりした
昨日は言語化することで頭の中が整理され、ネガティブな感情からも距離を置くことができると書きました。その方法として「書く」ということを書きました。しかし、書くことがすべてではありません。人それぞれにタイプがあると思いますが、書かなくてもいい人もいます。
たとえば、僕の嫁さんです。嫁さんは書かないかわりに話すことで言語化します。そうして、僕はその聞き役に回る必要があります。ある時嫁さんがずっと話続けていました。僕はそれに対してほとんど耳をシャットダウンして相槌だけを打っていました。
話し終えた嫁さんは最後に「あーすっきりした」と言ったのです。僕はなるほどと思いました。
ぜんぶ話すからいい
嫁さんの話を聞き続けることが苦痛で僕はある時、嫁さんにこういったことがあります。「結論だけ話して。その過程はいいから。」すると嫁さんはこう言いました。「ぜんぶ話すからいいの。むしろ、ぜんぶ話さないとすっきりしないの。」僕はなるほどと思いました。
僕が書くことによってすっきりしているように、嫁さんは話すことによってすっきりしているようです。だから、ある人は書くことによって頭の中を空にしてすっきりさせますが、ある人は話すことによって同じ効果を得ているのです。
本音から引き離すような感情
問題は書きもしないし、身近に話す人もいない人です。もしかしたら、こういった人はSNSなどに書き込むことによってすっきりさせているのかもしれません。しかし、僕は2つ理由からSNSはその効果が薄いと思っています。
一つは自分の気持ちを正直に書くのが難しいという点です。SNSには小さなコミュニティが形成されています。最初は単純な動機ではじめたとしても、「人からいいねがほしい」とか、「良く思われたい」とか当初もっていなかった自分の本音から引き離すような感情が芽生えることが多いです。そうなったら、SNSは自分の本音を書ける場所じゃなくなります。
自分に対して書くというがいい
二つ目は分量が圧倒的に足りないという点です。X(Twitter)などでは記事という機能があり、かなりの分量を書けるようになりました。しかし、多くの人は数十文字から数百文字のツイートしかしません。これは頭の中に溜まっているノイズが10000あるとしても10とか20とかしか吐き出すことができないレベルです。
ですので、やはり精神的に健康な状態を保つためには、誰かに話し続ける、あるいは書き続けるほうがいいと思っています。その中で、話す場合は、ネガティブな感情を相手にぶつける可能性があることを考えるとやはり自分に対して書くというがいいと思っています。













