高慢だから
「努力」することに関しては今日で終わりにしようと思います。僕は結局努力しない人と言うのは「高慢だから」だと思っています。今のままでいいと思っているから何もしないのです。これは強者の理論ではありません。
これは歴史が繰り返してきたビッグサイクルの中の話です。少し数百年の歴史を振り返れば、オランダ帝国、大英帝国と大繁栄した国はすべて衰退してきました。そして、レイ・ダリオはアメリカも同じ轍を踏むと言っています。つまり、繫栄した国はすべからず「高慢」になって衰退するのです。
過去における歴史の認識
これが一個人の努力と何の関係があるのでしょうか。僕のイギリス人の友人の話をしましょう。彼はイギリス英語以外の英語を本当にゴミのように思っています。そして、イギリス人以外の白人を見下しています。もちろん、すべてのイギリス人がそういうわけではないと思いますが、過去における歴史の認識が彼にそう思わせているのだと思います。
過去に繫栄を経験し、その繁栄を経験した人、また、その一方で戦後何もない状態から死に物狂いで必死で生きようとした人とでは「努力」に対するとらえ方は全く異なります。
これは日本に来てくれている技能実習生を見てもわかります。家族を捨ててたった一人で異文化の地で外国語で仕事をする努力をしているのです。そういった人たちに対して、例外は確かにあるとはいえ、SNSなどで簡単に外国人排斥運動をするという発想が僕には全く理解できません。そういう意味では日本の国力は相当低下しているのだと思います。
相対的に豊かな時代
レイ・ダリオはアメリカが衰退すると言っていますが、日本も同じです。むしろ、日本のほうが致命的によくない状況であると指摘しています。国家繁栄衰退のビッグサイクルは国の人口、教育、技術、さらに国の債務と密接に関係しています。
戦後の貧しさや過酷さを知らない僕は、当時の世代の人と比べて努力しない世代なのだと思います。しかし、生きている時代、環境が違うので戦後のように生きろというのもおかしな話です。しかし、このような相対的に豊かな時代にあって生きるための知恵があります。
ある人はこのように言いました。それは「このような衣食住が満たされている国においては高等なフィクションが必要である」ということ。
高等なノンフィクション
僕は怠惰で流されやすく快楽主義で今さえよければいいと思っている人間です。しかし、主に救って頂いたこと、これはフィクションではなくノンフィクションですが、この高等な恵みのノンフィクションのもとで奮闘して努力して生きるための力を頂けるのだと思っています。













