1933_海外の神学校の卒業式動画を観て思ったこと | 相対的に日本は苦境にある

海外の聖書学校の卒業式

先日、Youtubeで海外の聖書学校の卒業式の動画を観ていました。その神学校は自身が所属する教団の聖書学校でもなく、また誰か知っている人が卒業するからというわけでもありません。ただ、将来、神学校に行きたいと思っているので「どんなものかな?」と思って興味本位で観たのです。

その神学校には世界各国から神学生が集まっていて、毎年100名近くの卒業生を輩出しています。およそ7割くらいはその国の学生で残りが外国人になります。その中に日本人も3名ほどいました。

僕は動画を観て「こんなにも多くの人が神学を学んでいるのか!」と驚嘆しました。卒業生全員が献身者ではないにしても、この神学校だけで約100名が各教会、開拓地に遣わされるということです。世界中で見たら相当な人数がいると思ったのです。

日本の苦境

しかし、日本は現状、孤島さながら、これら流れから完全に切り離されているかのように思える状況にあります。牧師も献身者も減少傾向にあり「見よ、私は新しいことをなす」、「見えるものにではなく見えないものに目を注ぐ」という御言を握っていながらも、変わらないどころか日々悪化する現実に戸惑いを感じています。

また、一人の牧師が複数の教会を牧会する兼牧、定住牧師が存在しない無牧の教会は当然の状況になっています。日本の高齢化、少子化の流れはキリスト教会も同様で、特に地方の教会の苦境は待ったなしのような状況になっています。

それぞれの国の強み

卒業式を観ていて思ったのが、みんな底抜けて明るいということです。これは文化的な要素も多分にあると思いますが、卒業式全体がフェスティバル、パーティーのような雰囲気で顔が明るかったのが印象的でした。

そこで卒業式を見て思ったことを二つ書きたいと思います。一つ目は海外の流れを取り入れるということです。昨今は少し変わってきていますが、貿易の世界では生産と消費が最適化されています。それぞれの国の強みが生かせる合理的な方法で輸出入がされています。僕はキリスト教会も同じなのではないかと思ったのです。

霊的なもの

同じ教会と言ってもそれぞれの国には特徴があります。日本はどうしても教会にこもって孤立しがちなところがあります。だからこそ、外に出て取り入れるということが必要なんじゃないかと思わされています。これは決して「海外ではバンド形式だ!だからバンドで賛美!」とか「若者を呼ぶためにパーティーがいい!」とか表面的なところを取り入れることじゃありません。

僕が取り入れるというのは「霊的ないいもの」に関してです。祈る姿勢、宣教への思い、霊的な生活習慣、救霊の情熱、神の言の理解など霊的なものを取り入れるのが日本復活の一つのヒントになるのではないかと思いました。二つ目は明日に続けます。

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