0065_「恋はデジャ・ブ」という映画を観て感じたこと

先日、「恋はデジャ・ブ」という映画を観ました。1993年に放送されたアメリカの映画です。内容は啓発的、かつ宗教的で非常に示唆に富んでいる映画でした。結果的に今日一日をどのようい生きるかを強く意識するようになりました。

元祖ループ系の映画と言われています。高慢で自己中心的な主人公フィル・コナーズがある日突然、毎日同じ2月2日しか生きれなくなってしまいます。町から離れようとしても、犯罪を犯して牢獄に打ち込まれても、あるいは、自殺しようとしても、快楽に身を委ねたとしても、朝起きると、いつもの場所で同じ2月2日に戻ってしまいます。

そんな中で、彼が同じ毎日を生きる上で、気付き始めたことがあります。その気付きが非常に示唆に富んでいます。聖書に出てくる放蕩息子のたとえ話のような印象さえありました。

よく、「今日が最後の日だったら何をしますか?」という問いをたまに聞きますが、僕はこれまで深く考えたことはありませんでした。この命がいつまでもあるとは思っていませんが、少なくともあと40年くらいは生きられるだろうとか思っていたからです。

一方で、先の大戦を経験された世代の方たちは壮絶な生への意識があります。いつ死ぬかわからないような時に青春時代を過ごし、与えられている命が当たり前でないという意識を強く持たれています。しかし、今はコロナの脅威で、それを意識せざるを得ない日々が続いています。

僕は、「恋はデジャ・ブ」を観て、1日でどれだけイエス様に感謝をして、褒め称えて生きているのかな?どれだけ貢献する生き方ができているのかな?どれだけ人の役に立つ生き方ができているのかな?と意識するようになりました。

いつ召されても後悔しないように、イエス様を命の限り褒め称えて、偽りのない心で感謝をお捧げします。そのような1日を最後の日のように過ごします。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。
テサロニケⅠ5:16-18(口語訳)