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はじめまして。キリスト教・聖書・信仰生活について綴るブログ「JESUS.TOKYO」を運営している、calebです。

  • 名前:caleb(ペンネーム)
  • 出身:京都
  • 年代:40代
  • 立場:仕事をしながらイエス・キリストを信じて歩む、一人の平信徒

このブログでは、聖書を読んで考えたこと、祈りや教会について感じたこと、中国で出会ったクリスチャンの姿、そして日々の生活の中で経験した迷いや失敗も、できるだけ飾らずに書いています。

うまく生きられなかった僕に、キリストが必要でした

僕は昔から、周囲と同じように器用に生きることが得意ではありませんでした。

いわゆる「光属性」というより、どちらかといえば「闇属性」。人とうまく合わせられなかったり、社会の枠にきれいにはまれなかったり、自分の弱さや欠けを嫌というほど感じたりしてきました。

かなり変わっていると言われます。自分でも、それは分かっています。

けれど、そんな僕だったからこそ、イエス・キリストが必要でした。

強くて立派だったから信仰を持ったのではありません。弱さを抱えたままでは、自分一人の力だけで生きていけなかったからです。

ここまで何とか歩いてこられたのは、イエス・キリストのおかげだと、僕は本気で思っています。

人生を変えた、中国キリスト教との出会い

浪人時代、一冊の本と出会いました。

『中国リバイバルの躍進』(カール・ローレンス、ディビッド・ワング著)です。

その本を通して僕は、中国でキリスト教信仰を守りながら生きる人々がいることを知りました。

同じイエス・キリストを信じているのに、なぜ国によって信仰の姿がこれほど違うのだろう。なぜ中国ではクリスチャンが増えていると言われ、日本ではキリスト教が少数派なのだろう。

疑問が次々と生まれ、もっと中国のことを知りたいと思うようになりました。

その思いから中国語を学び、大学へ進学。2007年には中国伝媒大学へ留学しました。

中国・広東省で出会った「家の教会」

帰国後、2009年に一般企業へ就職しました。しかし、もともと決められた枠に収まるのが苦手だった僕は、約3年で会社員としてのレールから外れました。

その後、日本語教師の資格を取得し、2012年に中国・広東省へ渡りました。

そこで出会ったのが、中国の「家の教会」と、そこで信仰を守りながら生活するクリスチャンの方々です。

2015年に日本へ帰国するまでの間、現地の人たちと交流し、一緒に過ごす中で、僕がそれまで持っていた教会観や信仰観は大きく揺さぶられました。

本やニュースだけでは分からない、中国のキリスト教の姿。制度や組織の説明だけでは見えてこない、一人ひとりの祈りと生活。

この経験は、今も僕がブログを書き続ける大きな理由になっています。

JESUS.TOKYOで書いていること

このブログでは、主に次のテーマを扱っています。

  • イエス・キリストと聖書の言葉
  • 祈り、聖霊、異言などの信仰体験
  • 教会や教派について考えたこと
  • 中国のキリスト教と家の教会
  • 中国留学・中国生活で経験したこと
  • クリスチャン音楽や礼拝
  • 心の弱さ、人間関係、生きづらさ
  • 日々の生活の中で感じた小さな気づき

信仰について書くときも、きれいな結論だけを並べるつもりはありません。

信じ切れなかった日、祈れなかった日、人を赦せなかった日、教会やクリスチャンに疑問を持った経験も含めて書いています。

それもすべて、一人のクリスチャンが実際に歩いてきた記録だからです。

このブログにおける僕の立場

僕は、牧師・神学者・聖書学者ではありません。また、特定の教派や教会を代表して発言しているわけでもありません。

このブログに書いているのは、一人の平信徒として聖書を読み、祈り、教会生活や中国での交流を通して考えてきたことです。

個人的な体験や見解と、聖書本文、書籍、制度上の事実は、できる限り区別して伝えます。中国の制度や教会事情など、時間とともに変化する情報については、確認できた時点や情報源を明示するよう努めます。

間違いがあれば、確認したうえで修正します。

「これが唯一の正解です」と高い場所から教えるのではなく、読んでくださる方と一緒に考えるブログでありたいと思っています。

このブログを読んでくださるあなたへ

僕は、決して模範的なクリスチャンではありません。

迷います。失敗します。聖書を読んでも分からないことがあります。祈っても、すぐには答えが見えないこともあります。

それでも、イエス・キリストと共に歩く人生には、確かな希望があると信じています。

このブログのどこかに、あなたが探していた言葉が一つでもあれば嬉しいです。苦しいときに少し呼吸ができたり、「自分だけではなかった」と感じられたり、もう一度祈ってみようと思えたりしたなら、書き続けてきた時間には意味があったのだと思えます。

中国のキリスト教のことを、もっと多くの人に知ってほしい。

そして、さまざまな角度からイエス・キリストを紹介したい。

その思いを大切にしながら、これからも書き続けます。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

この場所で、あなたと一緒に考え、迷い、感じ、祈っていけたら嬉しいです。

— caleb

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