0510_36歳にして初めてちゃんと高校野球を観て感じたこと

高校野球

先日人生で初めてちゃんとテレビで甲子園高校野球を見ました。これまで自身が球技を全くできないためか、野球、サッカー、バスケットボール、バレーボール、卓球など丸いものを使ったスポーツにに全く興味がわかなかったのです。

観戦中、野球のルールの知識もかなりあいまいだったのですが、ライブ中継される映像に食い入るように見入ってしまいました。監督の采配や高校球児のテクニックもさることながら、いわゆるツーアウト満塁状態で打席に立つ選手の気持ちに感情移入すると、手に汗を握らずにはいられませんでした。自分だったら、きっとここぞと言うときに、打順が回ってこないように必死に祈っているとだろうな〜と。。

高校球児が直面する緊張感

もちろん全国甲子園となると強豪校じゃないと出場できないので、技術的にも精神的にも体力的にも選ばれし選手が出ているのだと思います。おそらく、幼い頃から野球に勤しんできていて、ツーアウト満塁で打席に立つという経験は何百回、何千回としてきているのでしょう。

だから、自分に打順が回ってこないで。。なんて弱気を吐く人なんていないのかもしれません。逃げたくなる人はそもそも甲子園には立っていないと思うからです。むしろ、チャンスが巡ってきたと捉えて、果敢に打席に立ち、全力で目の前から飛んでくる投球に向き合える人たちなんだろうと、とても心が動かされました。

おっさんの緊張感

若干17歳18歳くらいの人たちがこんなにも緊張感のある世界で生きている一方で、36歳の僕はどれほど、目の前のことに全力投球しているのか?という問いが生まれました。惰性、習慣、馴れ合い、甘え、適度に、ほどほど、ぼちぼちなどの言葉が当たり前になるほどに惰性で生きている気がしています。

何か良質な刺激があっても、僕の反応はおおむね「時間がないから」と決まっています。

初めて好きなバンドのライブを観に行った時の衝撃、新卒で入社した時の緊張感、はじめてイエス様に出会う体験をした時の大きな喜び、こういった体験がおっさんになるにつれ、感性がカチコチに固まってしまっている気がするのです。

なので、1日一つでも何か新しいことをしてみようと思います。いつもと違う道から帰ってみる。本屋に寄ってみる。普段買わない食材を買ってみる。などなどちょっとした工夫で若かりしころのピチピチした感性を取り戻せればと思います。

おっさん
■感性は意識的に育てるものかもしれない

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