祈りの生活をしたい
先日からイグナチオ・デ・ロヨラの著書である「霊操」を読んでいます。彼は日本の小学校の歴史の教科書にも登場するあのイエズス会の創立者の1人であり、初代総長を務めた人物でもあります。なので、カトリックの人からしたら何呼び捨てにしてるんだ!と怒られるのかもしれません。
僕がこの本を手に取ったのは理由があります。それは祈りの生活をしたいと渇望しているからです。このブログを読んで頂いている方はご存知だと思いますが、僕はこれまで何度も祈りの生活にチャレンジしては日常の引力に引き戻されるということを繰り返してきました。
無駄ではなかったが
「祈祷院行かないと!」とか「やっぱり朝型っしょ!」とか「銭湯で祈るのよ!」とか「やっぱ跪くのがいい!」とかブログで偉そうにチャンレンジを公開していました。しかし、情けないながら、だいたい数週間から数か月ほどで元の生活にもどるというのを繰り返していました。なぜ祈りを習慣化するのがこれほど難しいのか?については下記ブログに書きました。
もちろん、やめたからと言って無駄があったというわけではありません。失敗から必ず学び、自分の霊的生活に改善を入れることはできていると思っています。
霊的修養に関する御言ノートや試行錯誤する中で教えられた神様のと関係は無駄ではありません。
イエス様のようになりたい
しかし、そろそろ、いい加減、このチャレンジしてはやめてを卒業したいとも思っています。そう思うのには理由があります。何より、この人生は限りがあるからです。本当に大切なことだけに集中したいと思っています。また罪に負けずに生きたいとも思っています。
自分を優先するのではなく主を優先したい、口だけで愛するのではなく本当に愛したい、超絶高いハードルだけれど、イエス様のようになりたいとさえ思っています。
非常に実践的で具体的
そのために先人のクリスチャンがどのような霊的生活をしてきたのかを知りたいと思い「霊操」を手にとりました。まだ最初の数ページしか読めていませんが、これは本気で祈りに取り組むための書物でした。おそらく修道院生活なども想定されており、完全に実生活に適用できるかは不明なのですが、できる限りのことは吸収して実践したいと思っています。
たとえば、具体的に1時間~2時間祈るとか、数時間おきに悔い改めるべきことを黙想してそれを書きだし、その場で悔い改める。それを1週間続けるなどです。思っていた以上に徹底されており驚いてるのですが、実際にそのように霊的な生活をした人たちが大勢いるということだと思います。主にあって祈りの生活を習慣化させたいです。













