1846_日本にリバイバルが起きない理由の一つ | 理想論に打ち勝つ
キリスト教の停滞 なぜ日本のキリスト教は停滞しているのでしょうか。霊的なブレイクスルーがされていないからでしょうか。信仰が足りないからでしょうか。神道が日本のいたるところに浸透しているからでしょうか。戦後、高度経済成長を…
キリスト教信仰
キリスト教の停滞 なぜ日本のキリスト教は停滞しているのでしょうか。霊的なブレイクスルーがされていないからでしょうか。信仰が足りないからでしょうか。神道が日本のいたるところに浸透しているからでしょうか。戦後、高度経済成長を…
キリスト教信仰
やばい人もいるしいい人 昨日は能力だけではなく、徳や品性と言われるものまでも先天的にある程度まで決まっているということを書きました。こういったことは、あまり言語化されることはなかったかもしれません。しかし、実社会を見ると…
キリスト教信仰
あるべき姿 聖書の言葉にこのような言葉があるのか知りませんが、キリスト教会にはこのような言葉があります。 「栄光は主のもの、恥は我がもの」 僕はこの言葉を聞くと、バプテスマのヨハネの言葉を思いだします。それはこれです。 …
キリスト教信仰
キリスト教信仰の醍醐味 自分のこれまでの信仰生活を振り返って、僕は教会に毎週行くだけでは現状維持すらできなかったと思っています。なぜなら、おそろしいことにキリストとの親密な関係がなくても教会に行くことはできるからです。ま…
キリスト教信仰
主に対して顔向けできない 僕は教会の奉仕をする時に時々こう思うことがあります。それは「僕なんかを通して主が栄光を現わさなくてもいいのに」ということです。何メンヘラのようなこと言ってんだと思われると思います。しかし、僕は多…
キリスト教信仰
ヤコブの手紙 先日ヤコブの手紙を読みました。ヤコブの手紙は僕にとって強烈な指圧棒で霊的なツボをゴリゴリ押される書物です。つまり、読んでいて痛いと感じるのです。なぜなら、僕は典型的な行動を伴わないに口だけのタイプのクリスチ…
キリスト教信仰
どのような状態 「自分の信仰は今どのような状態にあるか?」を確認するために僕はいくつかの指標を使っています。わかりやすいものでいえば「最近祈っているか?」や「聖書を読んでいるか?」などがあります。祈れば力があるが祈らなけ…
キリスト教信仰
へりくだり キリスト教信仰は「へりくだり」抜きにはありえません。それは「へりくだり」が悔い改め、自己否定、降参など主の前に出るために必要な多くの要素を内包しているからです。だから、すべてのクリスチャンにとってへりくだりは…
キリスト教信仰
美しい心象風景 いつまでも美しい心象風景として記憶として残っていることがあります。僕の場合、そのほとんどはある時の礼拝や集会の記憶です。主が深く心に触れてくださること、またご臨在くださることほど美しいものはありません。人…
生き方
なぜ、そんなにこわがるのか 信仰深いクリスチャンはどのような人でしょうか。僕のイメージではどのようなことが起きても決して動じず、いつも静かな心を持って人に接することができるという感じです。福音書にはイエス様と弟子たちが乗…
キリスト教信仰
オーバーフロー 何度もこのブログで書いていますが僕のキャパはおちょこ以下のペットボトルの蓋程度しかありません。つまり、家庭、教会、仕事などでわずかなストレスですぐにオーバーフローしてしまうのです。過去にもほとんど同じよう…
キリスト教信仰
人は時に揺れるもの 僕はいくつかの個人的な理由によりペンテコステ派である母教会から福音派の教会に行くようになりました。そこにネガティブな理由は少しもありません。僕は今もなお母教会を自分の本当の家族のように愛していますし、…
キリスト教信仰
「考える」ことが少なくなった AI利用の弊害として本当に「考える」ことが少なくなったと感じています。以前は答えがほしければGoogle検索でしたが、今はチャットエリアを開いて瞬時に答えを得ることができます。僕は正直に答え…
生き方
2028年末までに サムアルトマンが先日このように言ったようです。 2028年末までにAIが人類の知的能力を上回る超知能に到達する。 引用元:news.yahoo.co.jp つい数年前だったら「あり得ないだろう」と思え…
キリスト教信仰
なぜ異言の祈りは直通なのか 以前僕は異言の祈りは神様直通の祈りだと書いたことがあります。下記記事で書いたようにほとんど0秒でイエス様とつながれるのが異言の祈りだと思っています。そしてそれ日常生活のあらゆるところで体験して…
キリスト教信仰
忠実に再現した贋作 先日嫁さんとこんな話をしていました。僕が「有名人のサインってもらって何が嬉しいんかな」というと、嫁さんは「嬉しい」と答えます。僕は嫁さんに僕が高校生の頃、有名なプロレスラーのサインを忠実に再現した贋作…
キリスト教信仰
外見は40歳、中身は2歳児 今日で40歳になってしまいました。僕は39歳最後の日をすっかり忘れていたので最後の30代をかみしめる間もなく40歳になってしまいました。10年前、30歳になった時は30代であることが苦痛で嫌で…
キリスト教信仰
自分が戒められる 最近、デボーションの中で教えられていることがあります。それは、自分が戒められるべきことを聖霊によって示されて、それを言語化し祈りの中で助けを求めることこそが、聖められてく過程であるということです。 僕は…
キリスト教信仰
不信仰な内容 先日は極めて不信仰な内容を書いてしまいました。それは礼拝に関する奉仕は肉体が疲れていても霊は恵まれるが会議や事務的な奉仕は霊が恵まれないと書いたからです。その際に、これは僕の信仰の態度が問題であるということ…
キリスト教信仰
肉が葛藤 クリスチャン生活を送っていて思うことがあります。それは当たり前のことですが、宣言するのは簡単ですが行うのは難しいということです。何にもない時に日々の祈りや賛美の中で「あなたにすべてをお捧げします」と心を込めて宣…