肉がビンビン反応する時に向き合うべき御言 | 模範はダビデとイエス様

向き合っている御言

最近、向き合っている御言があります。いずれもガラテヤ人への手紙に記載されているものです。一つはこれです。

ガラテヤ人への手紙 6:14(前半省略)
この十字架につけられて、この世はわたしに対して死に、わたしもこの世に対して死んでしまったのである。

これは人生を完全に変える強力な御言だと思います。なぜなら、普通生きていたら「この世」に反応するのが当然だからです。不快なことをされたらいらだち、不当な対応を受けたら怒り、ないがしろにされたら悲しくなる、そういうものだからです。

驚異的な力

しかし、この御言ではAとBが双方に対して死んでしまっているというのです。死んでいることの特徴は何をしても反応がないということです。脈も息もありません。当然動きません。まさに死人に口なしです。

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これが十字架の力だというのです。僕は驚異的な力だと思いました。この力に生きるためには御言のとおり十字架につけられる必要があります。それは不快であり、苦痛であり、悲しみが伴います。それは砕かれることだからです。しかし、これが十字架の力なのです。

ダビデの反応

この反応しないという特徴について聖書に記述があります。サムエル記16章ではダビデは息子アブサロムの謀反によって都を追われ、逃避行の途中にありました。彼には四方八方から苦しみがやってきました。愛する息子に命を狙われること、過去に自分が犯した罪の在籍感、都を追われること、リーダーとして失格とみなされること、彼は完全に砕かれていました。

それで、彼はシメイにこのように言われても何の反論もいい開きもしなかったのです。

サムエル記下 16:8
あなたが代って王となったサウルの家の血をすべて主があなたに報いられたのだ。主は王国をあなたの子アブサロムの手に渡された。見よ、あなたは血を流す人だから、災に会うのだ」。

サムエル記下 16:10
しかし王は言った、「ゼルヤの子たちよ、あなたがたと、なんのかかわりがあるのか。彼がのろうのは、主が彼に、『ダビデをのろえ』と言われたからであるならば、だれが、『あなたはどうしてこういうことをするのか』と言ってよいであろうか」。

イエス様の反応

この反応しないことの最大の模範はイエス様です。

ペテロの第一の手紙 2:23
ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた。

イエス様は砕かれていました。本当にこの御言通りに生きられたのです。

ガラテヤ人への手紙 6:14(前半省略)
この十字架につけられて、この世はわたしに対して死に、わたしもこの世に対して死んでしまったのである。

僕はどうでしょう。本当に些細などうでもいいことで肉がビンビン反応してしまいます。正直、この世は僕に対してイキイキと生きていて、僕もこの世に対して力強く生きてしまっているのです。僕にはこの課題があります。だからこそ、この御言に向き合ってイエス様に倣うものへと造り変えられたいと思っています。

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