中国のバスの中における緊張と緩和

中国には日本には見られない多くの異風景があり、街を歩いているだけで笑わせてくれます。その中でも、代表的なのが市バスです。このバスが面白くて、私は毎回乗るのを楽しみにしているほどです。

私が住む広東省東莞市の市バスは、2013年に全面的に新しい車両へと変更されました。確か全部で1500台だったと思います。わたしのふるさとの京都市バスの台数が約800台ほどだそうで、いかに多いかがわかります。

日本の市バスのような保守的なあずき色や深緑色などではなくて、子供の遊具のような色使いの黄色と青色を基調としたバスです。車両が変更されて以来、東莞市内を走るバスすべてに、液晶テレビが2台設置され、2ヶ月ほど前からは、すべての車両にWiFiが開放されるようになりました。

その他の省の市バスの中はどのような様子かわかりませんが、東莞市内を走るバスの中は、割合静かで秩序が保たれています。もちろん、路線や乗客の客層によって無秩序状態のバスもあります。例えば、車内での喫煙行為や携帯による大声での会話など。でも、ほとんどの場合、このような光景はあまり見かけなくなりました。

面白いのは、バスの中にいる乗客の行動ではなくて、テレビ画面に流れる内容です。まず、結構どうでもいいニュースが流れます。しかも、キャスターなし、映像なし、文字だけのニュースです。

今日見たニュースです。

  1. 温州市の15歳の少女3名が行方不明になったが、上海の洗足城で発見されました。
  2. 浙江省の農民が一晩で5万匹の蚊を殺せる機械を発明しました。
  3. ニューヨークの画家の何も書かれていない無名の油絵が、2000万ドルで売れました。

多くのニュースがある中、なぜこの三つのニュースが最優先されたのか疑問です。

次は、文字だけが流れ、その後に写真が一枚画面に映る形式のもの。今日見たニュースです。まず、黒い背景に白い文字だけで、
「湖北省武漢市の警察犬が亡くなりました。」という情報が数秒流れます。

かなりどうでもいいニュースです。一体、誰がこんな情報に価値を見出すのでしょうか。

その後に、写真が出ます。

亡くなった警察犬の遺影です。しかも、悲しみに打ちひしがれている警察官が天を仰ぎ、その遺影を大事そうに持ち、写真中央に立っているのです。画面表示の間も意図的に考えれれているようで、これは、ニュースの編集長がウケを狙っているとしか考えられません。なぜ、数あるニュースの中からこのニュースをチョイスしたのか。

別にネットのニュースやバラエティー番組なら構いませんが、ここはあくまでも市営のバスの中です。市営のバスである以上は、税金を払っている国民にもっと益となるニュースを流すべきと思います。例えば、天気予報とか、今であればノーベル賞受賞者などのニュースです。どうやら、編集長のやりたい放題になっているようです。

ニュースの内容のくだらなさと手法だけでも十分面白いのですが、「緊張と緩和」の理論を巧みに使っているため、さらに笑いの濃度の濃厚になっています。

まず、バス内は公共の場所なので、車内と乗客は緊張状態にあります。そのような環境に、まず文字だけの情報を与えて、緊張に緊張を加える。そして、シュールな写真で一気に緊張を緩和させることで笑いが生まれる。まさに、上方落語の爆笑王桂枝雀師匠がおっしゃった「笑いの理論」です。そこらのバラエティー番組よりもはるかに面白いです。

バスに乗っているだけで、緊張状態になっているので、乗客はかなり笑いやすい状態になっていると思います。ある時、昼の2時ごろにバスに乗っていました。バスの中には、私を含めて10名ほどしか乗っていませんでした。乗客は主婦や大学生と見られる人やお年寄りなどです。

乗客は単独乗車しており、誰とも話すことなく、ただただ、ぼーっとバスの中に乗っていました。テレビ上には許可を取ったのかは知りませんが、ドリフのコントがそのまま画面上に流れていました。もし、日本の市バスでドリフを流したら、PTAやら教育委員会がやいやい言ってくると思います。どうやら、中国では許されるそうです。

コントの内容は、銭湯に次から次へと刺青が入った人が入ってくるコントでした。そして、最後に全身に刺青が入った人が銭湯に入ってくるオチの部分で、静まり返っていた緊張状態の車内に、緩和が生まれました。

主婦も大学生もお年よりも、見ず知らずの10名が一体となった瞬間でした。ドリフの笑いは国境を越えることにも感動しましたが、見ず知らずの乗客が笑いによって一致したことに感激してしまいました。東莞市の交通局はいつも面白い映像を流してくれるので感謝に堪えません。

心に楽しみがあれば顔色も喜ばしい、心に憂いがあれば気はふさぐ。

カナンの地は今日も輝いています。

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